p278-289 国際紛争と民族・難民問題

262 アパルトヘイト(p.283)


南アフリカ共和国で行われていた人種隔離政策で「分離・隔離」を意味し、1948年に制度化された。国民の75%を占める黒人は、全国土の15%の地区に強制的に押しこまれ、政治・経済・社会の全分野においてさまざまな差別を受けていた。アパルトヘイトは1991年に廃止された。

263 多文化主義(p.283)


異なる民族やマイノリティの言語・文化・習慣などの存在を認め、積極的に共存を図ること。国家の枠の中における多様な価値と文化の統合を推進するものである。代表的な国として、カナダやオーストラリアがある。

264 難民(p.288)


人種・宗教・国籍・政治的意見や特定の社会集団に属することなどを理由に、自国内で迫害を受ける、または受けるおそれのあるため、他国へ逃れた人々。亡命者も含まれる。国内に留まり避難生活を送る人々は国内避難民という。

265 難民条約(p.289)


正式名称は「難民の地位に関する条約」で1951年採択、1954年発効。この条約により、難民に対する国際的な保護協力体制が確立された。さらに、1967年には「難民の地位に関する議定書」が国際連合において採択されている。

266 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)(p.289)


難民問題解決のため、1950年の国連総会で設立された機関。難民に国際的保護を与え、自国または第三国での定住を援助する。なお、すでに国連パレスチナ難民救済事業機関の支援を受けていたパレスチナ難民の一部は対象外である。