p193-202日本経済の歩み

p.199❓高度経済成長期以降の日本経済にはどのような変化がみられたか

【解答例】

高度経済成長期は石油危機とともに終焉を迎えた。第二次産業内でも石油化学産業などの重厚長大型産業から自動車・機械・エレクトロニクス(半導体など)といった軽薄短小型産業へと移行が進んだ。また、第二次産業から第三次産業に産業構造が転換していくきっかけともなった。安定成長期に国内経済が移行していく中、自動車産業などは海外にその販路を広げることになり、次第に内需主導型の経済成長から輸出主導型の経済成長へと変化していった。


p.200❓バブル経済は、どのようにして引き起こされたのか

【解答例】

1985年のプラザ合意による円高不況に対して、日本銀行は公定歩合を引き下げ、金融緩和を行った。その結果、低金利での資金調達が可能な状況が生まれた。その資金は、設備投資に投入されただけでなく、投機的な土地や株式の購入にも投入され、地価や株価が経済の実態以上に高騰する「バブル」をまねいた。さらに、資産価値の上昇によって消費が刺激され(資産効果)、景気がいっそう過熱することになった。


p.200❓バブル経済の崩壊は、どのような影響をもたらしたのか

【解答例】

地価や株価の暴落は、資産価値の大幅な下落をもたらし、消費を縮小させた。不況による需要の低迷は物価の下落(デフレ)をもたらし、デフレスパイラルとよばれるデフレと景気悪化の悪循環を引き起こした。また、不良債権を大量に抱えた金融機関は、企業に対する融資の抑制(貸し渋り)や返済期日前の回収(貸しはがし)を行うようになった。これは企業の資金繰りを悪化させ、企業倒産の増加につながった。


p.201❓規制緩和によってもたらされる負の側面を考えた場合、規制緩和を行うにあたっては、どのような施策が求められるのか

【解答例】

規制緩和を行うにあたっては、経済的合理性の観点だけではなく、健康かつ文化的な生活の確保や、社会的不平等の解消などの観点からも施策について検討する必要がある。特に、医療・教育・労働などの分野ではその必要性は高い。例えば、規制緩和を実施しつつも社会的・経済的弱者には政府が一定の関与を継続する仕組みを導入するといったことが考えられる。