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特集B 自由とは何かを考え議論する対話型授業
〜ダイヤモンドランキングと,倫理と政治・経済とのコラボレーション〜
広島大学附属福山中・高等学校教諭 下前 弘司
    参考文献
1. はじめに

 現在,「21世紀型学力」をふまえた取り組みが広がっている。これは,国立教育政策研究所平成24年度プロジェクト研究調査研究報告書「社会の変化に対応する資質や能力を育成する教育課程編成の基本原理」に示された。

 21世紀型学力は基礎力・思考力・実践力の3つに大別され,今回紹介する2つの授業は,このうち実践力に着目してつくられたものである。

 この報告書では,日常生活や社会,環境の中に問題を見つけ出し,自分の知識を総動員して,自分やコミュニティ,社会にとって価値のある解を導くことができる力,さらに解を社会に発信し協調的に吟味することを通して他者や社会の重要性を感得できる力を実践力と考えている。さらに,このような力を身につけるに当たっては,主に道徳的・倫理的次元に力点を置きつつ,身につけた基礎力や思考力を現実の環境で適用することが重視されている。さらに,実践力育成のポイントとして,以下のようにまとめられている。


@現実のリアルな課題をもとに問題解決プロジェクトを設定すること。

A学習者の生活意欲,学習意欲,知的好奇心を引き出す新形態の学習をデザインすること。
例)具体的な経験や体験を通じた課題探求型の学習

B実生活や社会で直面するような,リアルで正答がない,あるいは答えが1つではないような問題を扱う。

C多様な選択肢や可能性を意見や立場の異なる様々な他者とともに検討しながら,よりよい選択肢や納得解を探求していく学習活動を行うこと。


 まず注目すべきは,道徳的・倫理的次元にまで踏み込んで課題解決を行うよう求められている点である。こう言われているのだから,高等学校倫理が関わらないわけにはいかない。無論,先哲の思想を正確に深く理解し,自分のそして世界の今後を考える糧を得ることは必要不可欠である。しかし,高等学校倫理としては,現実のリアルな課題を扱い,だからこそ正答がない,あるいは答えが1つではないような問題を扱い,議論と対話を紡いでいく学習活動をこれまで以上に取り入れていく必要がある。

 以上のようなポイントをふまえて,そこでこれまでいくつかの授業を考案してきたが,本稿では2つの授業を紹介する。




2. 自由の定義を考え, ダイヤモンドランキングを通じて互いの価値観をぶつけ合う対話型授業    授業実践例@

 この授業は,「権利の熱気球」という人権教育・道徳教育の現場で用いられる授業プランに似ている。これもダイヤモンドランキングを用いて対話を行う型の授業であるが,対話をより効果的に,そして倫理の授業らしさを強調するために,「権利」という言葉をあえて用いないプランを考えた。そうした理由は他にもある。まず,「熱気球を飛ばし続けるために権利を捨てていく」という発想に疑問を感じている。リアルな場面で権利が捨てられることはなく,行使するか否かの問題になるだろうからである。また現実には,ここでの権利すなわち基本的人権を「○○できる権利」ととらえる立場と,「○○することを権力によって妨げられない権利」ととらえる立場があり,リアルに考えるほど,こうした問題を避けて通れなくなるからである。

 そこで,似たような内容でも「自由」をテーマにすることによって,具体的な場面を想定しつつ自由そのものを自ら定義し,その定義を根拠として議論を進めやすくなるのではないかと考えた。

 本授業で取り上げた自由は,以下の9つである。


@職業選択の自由

A自分の意見を持ち,それを表現する自由

B知りたい情報を知ることができる自由

C趣味を持って活動する自由

D手に入れたお金を思うように使える自由

E居住地や活動拠点を選択し移動できる自由

Fしたくないことを拒否できる自由

G自分や家族のために仕事を休む自由

H人を愛することができる自由


 様々な場面を想定して具体的に議論を進めやすくできるのであれば,他の項目を設定してもいいだろう。どういった内容が優れているかは今後の研究課題である。



(1)授業の主な目的

○自分と周囲の人との考え方の違いや多様性を認識し,様々な考え方に対して受容ができるようになる。

○自分が想定する自由の定義など,根拠を持って自分の考えを主張できるようになる。

○具体的な場面を想定しつつ,自分の人生を想定しながら議論を進められるようになる。

○答えが1つに決まらないからこそ議論が重要なのだということに気づかせる。

○様々な「自由」があり,その中には一方の「自由」を強く主張し過ぎることで,別の「自由」を侵害することがあるという点をふまえ,何を優先すべきかを議論させる。


(2)授業の展開

T.資料配付,本時のテーマ(問い)説明…5分

U.個人の「ダイヤモンドランキング」を作成
 理由を考えて記述させる…10分

V.5人のグループをつくり,5人の中で相談して,グループでのダイヤモンドランキングを作成
 理由を考えて記述させる…25分

W.グループごとに発表させる…10分


T.資料配付,本時のテーマ(問い)説明

 右に示したプリントを配付し,ルール説明を行う。一般論やどんな人にも当てはまる結論を求めるのではなく,あくまでも自分だったらどう考えるかを徹底させるように指示する。


U.個人の「ダイヤモンドランキング」を作成し,理由を考えて記述させる

 @〜Hの項目を,右の図のように重要だと思う順に上から並べていく。最も重要と思うものを1番上の位置に,次に重要と思うもの2個を二段目に,その次に重要な3個を三段目に…というように配置する。

 正しいランキングを作成するのが目的ではなく,この配置を考えていく過程で,自由の概念と現実とを結びつけながら自由を考え自ら定義していくことが目的である。よって,ダイヤモンドランキングを完成させることが重要なのではなく,思考するプロセスが大切であることを理解させ,作業をさせる。


V.グループでのダイヤモンドランキングを作成し,理由を考えて記述させる

 ランキングを完成させるよう議論を進めるが,完成自体が目的ではないので,グループでの議論が多数決などにならないように適宜アドバイスをする。また,議論が進むよう必要に応じて問いかけなどをする必要はあるが,ランキングや定義に正解があるわけではないので,ランキングや定義に関する感想は控えるように注意する。

 考え方の多様性に気づき,共感や受容,調整や合意形成が必要となることに気づかせ実際に体験させることがねらいである。

 あらかじめグループごとに議論の調整役(ファシリテーター)を設定しておくとよい。


W.グループごとに発表させる

 ここでは,ただどのようなランキングになったかを説明するのではなく,議論の過程でどのような点が問題となったか,どこが最も調整が難しかったかといった点を中心に発表をさせる。



▲授業用プリント
※図をクリックすると拡大した図が表示されます。

(3)実践結果から見えてくるもの

 まずは生徒から受け取った感想をいくつか紹介しよう。


どの自由を優先すべきかを考えることは,自分らしさを考えることと同じなのではないかと思った。もしそうなら,他者の自由を奪うことは他者の他者らしさを奪うことになるのではないかと考えるようになった。

・手に入れたお金を自由に使うといっても,税金があるように完全に自由というわけにはいかないだろう。一方で人を愛する自由は制限されるものではない。このように,○○の自由といっても様々な自由のレベルがある気がした

・趣味を持って活動する自由を自分は大切に思わなかったけれど,趣味は自己実現そのものだという意見に触れて,確かにそうかもしれないと思うようになった。自由だけではなく,何を大切にするかという価値観そのものをぶつけ合う取り組みで今までにない体験ができてよかった。

・愛がないと人生は空虚だと思っていたが,お金を思うように使えないと愛はしぼんでいくと譲らない人がいて話がまとまらなかった。社会人になっても意見の食い違いなどでもめ事が起きるのは,こういうことなのかなと思った。意見は食い違ったけれど,いろんな場面を想定して自分の意見を一生懸命主張し合えたのが楽しかった

・人を愛する自由があっても家族のために仕事を休める自由がなかったら,愛を具体的に示すことが難しくなるのではないかとか,自己実現のためには表現の自由が欠かせないけれど,趣味を持って活動できないと表現の中身がなくなってしまうとか,お金を自由に使えたとしても情報が手に入らなかったらそれは空疎なものになるとか,様々な自由のつながりを意識することができたのでおもしろかった。


 今回は青年期の授業を一通り終えたあたりで投げ込み授業として実施したが,こちらが想定していた以上に議論が深まり,実に興味深い意見を生徒は出してくれた。

 先哲の思想を扱う導入学習としての意味を持たせることができたのではないかと考えている。自由に関連する先哲の思想を学習した上でこの授業を実施するとどうなるか,先哲の思想を紹介しつつダイヤモンドランキングを実施するとどうなるか,など様々な可能性を持っている取り組みになったのではないかと考えている。

 また,2時間の授業時間を確保して,ジグソー法を取り入れてグループを再編成し議論を深めさせることも有効だろう。

 いずれにせよ大切にしたいのは,「根拠を持って自分の意見を述べることが楽しい」という生徒の意見である。身につけた知識を用いて説明できる楽しさだけではなく,議論に参加し主張できる楽しさ,相手と意見を交わし合う楽しさというものが学習に向かうモチベーションづくりに大きく寄与するだろう。




3. 倫理と政治・経済とのコラボレーション〜薬事法訴訟で考える〜    授業実践例A

 この授業は,事項の暗記に陥りがちな憲法及び判例学習を,どのようにしたら対話的な学習にできるかを考案しているときに思いついたものである。

 薬事法距離制限規定違憲判決を題材に,事件のあらましを読ませ,裁判官の立場でどのような判決を下すべきか議論させる授業を,当初は考えていた。事件の内容と判決を理解するためだけの学習では,定説や法律が絶対的なものではなく今後変化し続けていくものだということを体感できないと考えたからである。

 実践してみたところ,生徒の議論を通じて明確になったことは,結局は「政府による規制はどこまで許されるのか」,言い換えれば「自由の制限はどこまで許されるのか」という問題にたどり着かざるを得ないということだった。これはつまるところ,自由とは何か,そしてその自由をどのように守っていかねばならないかを考えることになり,倫理の対話型授業になるのではないかという結論に至った。そして,政府による規制が認められる条件を導き出す授業に到達した。

 「よりよい社会を考える」という場合,「社会は○○であるべきである」という表現が用いられることになる。ここには現状分析と望ましい社会像という2つの要素がある。公民科で言えば,現状分析については政治・経済が大きく関わり,望ましい社会像については倫理が大きく関わることになる。そこで,望ましい社会像を考えるということはどういうことかという視点で,倫理の授業のあり方を考える必要があるだろう。

 この授業は以上のような考え方に基づいて作成した。


(1)授業の主な目的

○薬事法訴訟距離制限規定違憲判決の根拠を理解する。

○政府による規制はどこまで許されるのかについて,具体的な場面を想定しつつ,根拠を持って論理的に考えられるようになる。

○倫理の既習事項を用いて現実を考えられるようになる。

○答えが1つに決まらないからこそ議論が重要なのだということに気づかせる。

○グループで議論し,政府による規制が認められる条件を導き出し,様々な政策についてクリティカルに思考できるようになる。


(2)授業の展開

T.資料配付,本時のテーマ(問い)説明…3分

U.グループで協力し,問1・2に答える…7分

V.問1・2の解説を通して薬事法訴訟距離制限規定違憲判決の内容を説明する…10分

W.グループで協力し,政府による規制が認められる条件とは何かを考えさせる…20分

X.グループごとに発表させ,議論の結果を共有する…10分


T.資料配付,本時のテーマ(問い)説明

 配付する資料の内容は,以下の通りである。


 昔の薬は粗悪品が多く,許可なく安価で危険な素材を利用して薬をつくり,安く消費者に提供することがあった。薬局も商売であるから,価格競争に巻き込まれざるを得ない。競争が激しくなればなるほど,安い粗悪品が出回るという事態が発生しがちだった。そこで,薬事法という法律の中に,薬局開設に距離制限を設ける条文を付け加えることになった。近くにライバル薬局がなければ過当競争は発生せず,粗悪品が出回ることを防ぐことができるというわけだ。

 高度経済成長を経たころ,福山市や広島市でスーパーマーケットや薬品販売を行っているKという企業が,福山市中心部に薬局を開設しようとし,その許可を広島県福山保健所に申請した。薬局開設が適切かどうかを審査している最中,薬局開設の距離制限が設けられ,これを理由に不許可の判断が下された。

 Kという企業はこれを不服とし,裁判所に訴えた。


問1 Kはどういった根拠で裁判所に訴えたのか。

問2 どのような判決が下されたのか。

問3 政府による規制が認められる条件とは何か。


 最終的に,政府による規制が認められる条件を考えること,そして,より望ましい社会のあり方とは何か,という答えが定まっていない問いを考えることが目的であることをあらかじめ生徒に意識させておく必要がある。


U.グループで協力し,問1・2に答える

 政治・経済や現代社会の資料集を見てしまうと,答えがそのまま掲載されてしまっているので,日本国憲法の条文以外は見ないように指示する。


V.問1・2の解説を通して薬事法訴訟距離制限規定違憲判決の内容を説明する

 政府が距離制限せざるを得ないと判断した根拠と,自由の侵害だと訴え出た根拠を,その背景にあるものもあわせて整理し説明する。今後の議論が政府をただ一方的に攻撃するような内容にならないよう,双方の主張とその根拠を明確にする。


W.グループで協力し,政府による規制が認められる条件とは何かを考えさせる

 資料集などを活用し,様々な事例を取り入れて議論させてもよい。2時間配当の授業とし,森林法分割制限規定違憲判決なども取り上げて議論を膨らませてもいいだろう。

 意見をまとめたり発言を促したりする議論の調整役(ファシリテーター)を決めておくとよいだろう。


X.グループごとに発表させ,議論の結果を共有する

 結論だけではなく,どのような点が難しかったのか,どこが一番議論になったのかなど,議論のプロセスも説明させるとよい。


(3)実践結果から見えてくるもの

 まずは,生徒が導き出した「政府による規制が認められる条件」を紹介しよう。


・他に方法がなく,規制するしかない場合

・自由の制限が最も小さくて済むような規制

・何のために,誰のために規制するのかが,誰にでもわかるようなもの

・自由を制限してでも守らなければならない緊急の事柄であること

・一つの権利を守るために,他の権利が大きく侵害されたりしないこと

・人々の潜在能力が拡大していくための規制であること(アマルティア・セン)

・他者に危害が発生することを防止するために必要であること(ミル)

など


 これを見ると,やわらかい表現ではあるものの,立法の正当性に関わる重要なポイントを指摘できている。そして,既習事項であるアマルティア・センとミルの思想を,よりよい社会を考えるための視点として活用することができている。

 倫理を教える側には,哲学思想はよりよい社会を考えるための視点だという当然の認識がある。しかし,生徒自身は必ずしもそのようにとらえているとは限らない。だから,このように既習事項を利用させるだけでも,十分に意義があることだと考える。

 次に,この授業を実施した後で寄せられた生徒の感想を一部紹介する。


・倫理で様々な自由を学んだけれど,センやミル以外にこのような事例を考えるために有効な思想はないか,探してみたい。たとえば,サルトルも自由について語っているが,この事例に当てはめて考えられる内容なのかどうか考えてみたがうまくいかなかった。たぶん,サルトルの思想は社会のあり方を考えるよりも自分自身を考えるところに力点があるからではないかと思う。ロールズの思想はここで使えるのだと思う。

・違憲判決なんかは,ただ整理して覚えればいいという感覚だったけれど,それを題材にして今後の社会を考えるために必要な知識を手に入れるというのはとても重要で,けっこうおもしろく感じた。

・少し難しかったけれど,倫理思想を使いこなして話ができている人がいて,自分もそんな風になりたいと思った。言葉の定義を正確に頭に入れて使いこなせるようになりたいです。

・考えたり議論したりする授業を受けていると,どんなことでも究極的には倫理に関する問題にたどり着くのではないかという気になってくる。倫理思想が多種多様であるのだから,世の中の人々の意見はさらに多種多様になるのだろうと思う。それをまとめてできるだけ多くの人の意見が反映されるような社会をつくるのは実に難しいことだと感じた。しかし,それをしていかなければならないから,いろんな人の考え方を受け入れられるように,知識を身につけ考えを深めていきたい。

・倫理で学ぶ内容を,思想家の著作などから学ぶことも大切なのだろうが,現実に当てはめて考える方がわかりやすくておもしろいと思った。


 今回の授業は,先哲の思想を一通り扱い終えたあたりで実施した。しかし,このような授業は導入学習としても使えるのではないか。そうすると,社会を深く読み解き,よりよい社会を考えるための知識を身につける動機づけという位置づけになるだろう。

 いずれにせよ,先哲の思想をできるだけ正確に活用できることが望ましいが,そのレベルにまで到達できていないとしても,先哲の思想を手がかりに社会のあり方を考えることができるだけでも,生徒にとって大きな収穫があるのではないかと思われる。




4. おわりに

 英語が現代において必要不可欠な道具であるように,倫理で学ぶ事項も同様に,グローバル化が進む現代において必要不可欠な道具といえるのではないだろうか。であるならば,ただ道具を手に入れるのではなくて,使いこなすことができるようにする授業が必要となる。そういう意味でも,対話的な授業をいろんな場面で取り入れていくことは重要である。

 対話型授業はとかく時間がかかるという点が問題視されたりするが,時間がかかるのは,明確で論理的な思考に裏打ちされた結論・主張にまで到達させようとするからであったりする。しかし,学んだことを使って考え,意見を交わすというくらいならそんなに時間は必要ない。

 今後も,自ら調査し考え,議論を経て社会に対して何かしらの提言ができるような壮大な授業ももちろんであるが,一方で,今まで学んできたこと,日常の疑問といったことを手がかりに自分の意見を持ち,それを交換し合って考えを深めていくような授業も大切にしつつ,様々な授業の可能性を探っていきたい。




参考文献
・国立教育政策研究所 平成24年度プロジェクト研究調査研究報告書「社会の変化に対応する資質や能力を育成する教育課程編成の基本原理」2013年
・阪本昌成『憲法2 基本権クラシック 第四版』有信堂,2011年
・阪本昌成『リベラリズム/デモクラシー 第二版』有信堂,2004年
・柴山盛生ほか著『問題解決の進め方』放送大学教育振興会,2012年
・社会認識教育学会編『社会認識教育の構造改革―ニュー・パースペクティブにもとづく授業開発―』明治図書,2006年
・鈴木健ほか編『クリティカル・シンキングと教育 日本の教育を再構築する』世界思想社,2006年
・全国社会科教育学会編『社会科教育のニュー・パースペクティブ―変革と提案―』明治図書,2003年
・E.B.ゼックミスタほか著『クリティカルシンキング《入門編》』北大路書房,1996年