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特集@ 「家庭教育支援法」―内容と問題点
一橋大学非常勤講師 平井 和子
     参考文献
1. はじめに

 近年,児童虐待,いじめ,発達障害,ひきこもり,子どもの貧困,学力格差などの問題に対して,その原因を「家庭教育の低下」とみなし,家庭教育を「支援」することによってこれらの課題に対処しようとする動きが顕著になっている。

 文部科学省は,「社会的課題に応える家庭教育支援」を目指して,2011年6月から「家庭教育支援の推進に関する検討委員会」を設置し,2012年3月,報告書「つながりが創る豊かな家庭教育〜親子が元気になる家庭教育支援を目指して〜」をまとめた

 また,民間の「親学」推進活動に賛同する国会議員・地方議員の動きを受けて,自民党は議員立法として「家庭教育支援法」案を国会に上程しようとしている(7月に会期末を迎えた第193回国会では「テロ等準備罪」を巡る攻防のなかで上程が断念された)。国会での立法化に先立ち,地方では条例化が進み,現在,8県5市で制定されている。条例に基づく啓発活動は教育委員会が担当し,なかには,教員免許更新時に家庭教育支援に関するプログラムを受講するように組み込んだ自治体もある。

 一方,この法案が最もプライベートな私的領域(家庭)への公的権力の介入につながるとして,法律家や女性団体から危ぶむ声もあがっている。筆者は,近現代女性史研究者として,国策とジェンダーの問題を専門にしている立場から,本稿で法案の基本理念を検討し,法案提出の時代的背景を押さえ,成立すれば教育現場に大きな影響をあたえる本法案の問題を提示したい。




2. 法案の内容

 自民党による家庭教育支援法案(2016年10月20日公表,2017年2月修正,以下「支援法案」)は,15条からなる。まず,法案の第1条(目的)では,「家庭をめぐる環境の変化」に対応するため「家庭教育を支援することが緊要な課題」となっているとし,家庭教育支援に関する基本理念を定め,国・地方公共団体等の責務を明らかにするとともに,「支援」に関する必要事項を定める,としている。「家庭をめぐる環境の変化」とは,家族の構成員の減少と,家族が共に過ごす時間が短くなったこと,地域社会との関係が希薄になったことをあげている。第2条(基本理念)では,家庭教育は,「父母その他の保護者の第一義的責任において」行われ,「子に生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに,自立心を育成し,心身の調和のとれた発達を図るよう努める」ことが掲げられている。また,家庭教育の支援は,「父母その他の保護者が子育ての意義についての理解を深め,かつ,子育てに伴う喜びを実感できるように配慮して行われなければならない(第2条第3項)」と,個人の情緒的な面まで踏み込んでいる。見逃してはならない点は,改正教育基本法に明記され,2016年時点でもあった,「家庭教育の自主性を尊重しつつ」という文言が第2条第2項から抜け落ちている点である。第3条以降は,国の責務,地方公共団体の責務,学校又は保育所の設置者の責務,地域住民の役割,基本方針の作成(国・地方公共団体),啓発活動,調査研究等である。

 以上ざっと見たが,第2条では「父母その他の保護者」が,子に身に付けさせるべき習慣や自立心を育成し,心身の調和のとれた発達を図るように「努めること」,子どもに社会との関わりを自覚させ,人格形成の基礎を培うことも要請している。また地域住民等は,国及び地方公共団体の施策に協力するよう「努めること」となっており,全体の傾向として,国が子育て支援に必要な社会制度を整えるというより,子育てをする国民の義務を,父母その他の保護者をはじめとして地域住民に課すというものになっている

 国に先行する地方条例は,より具体的な内容になっており,この「支援法」が成立したら,親や地域住民に細かな「義務」が求められることが想像される。例えば,「支援法案」では,家庭教育の第一義的責任を「父母その他の保護者」としているが,「祖父母世代の役割」を明記する県もある(「ぐんまの家庭教育支援条例」)。また,家庭教育の定義について,保護者がその子どもに対して教える事項の中に,「挨拶及び礼儀」・「思いやり」・「家族の大切さ」など8項目を列挙する県もある(岐阜県家庭教育支援条例)。




3. 法案の提出の背景

 「支援法案」は,2006年第1次安倍政権のもとで,「改正」された教育基本法の流れをくむ。同法では,「道徳心」「公共の精神」「我が国と郷土を愛する態度」などを盛り込んだ第2条「教育の目標」や,第10条「家庭教育」,第11条「幼児期の教育」が新設された。戦前の,特に戦争動員に教育が果たした役割の大きさを教訓として1947年に制定された旧教育基本法は,国が国民に対して保障する教育の基本理念(第10条「教育は,不当な支配に服することなく,国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。」)を示したものであったが,新教育基本法は,国が国民に求める「あるべき像」を示す色彩が強い。それが第2条「教育の目標」に掲げられた,国民が身に付けるべき徳目の多さに示されており,2018年度からの小学校での道徳の教科化にもつながっている。道徳の教科書検定で,「伝統と文化の尊重」を求めた結果,「パン屋」が「和菓子屋」へ変更されたという愚かしくも笑えないエピソードは記憶に新しい。ちなみに,戦前教育の背骨であった「教育勅語」は,1947年衆院・参院で,それぞれ排除・失効が確認決議されている。

 「支援法案」提出の理由を,自民党家庭教育支援法案プロジェクトチーム事務局長の上野通子参院議員は次のように述べている。


 かつては祖父母や親戚を含む大家族や地域社会の中で子育てができたが,今はひとり親家庭の増加,子どもの貧困,児童虐待が社会問題となり,物事の善悪を判断して子どもに教えることができない親が増えている(『毎日新聞』「論点:シリーズ憲法70年 家族と国を考える」2017年5月5日)。


 このような認識は,「親学」 推進を展開する人々にも共通している。


 わたしたちの親や祖父母の時代と現代をくらべると,少子化,核家族化や価値観の多様化,女性の社会進出などにともなって,子育てや親と子を取り巻く状況は大きく変化しています。近年は,不登校や非行といった子どもをめぐる問題が深刻化する一方で,学校に対して理不尽な要求をする「モンスター・ペアレント」が話題になるなど,家庭の教育力の低下が指摘され,親と子の在り方という問題が大きくクローズアップされてきています(一般財団法人「親学推進協会」)。


 親学推進協会の高橋史朗氏は,自覚のない親や,愛情不足の親,家庭崩壊などによってかつての日本人が伝統的に行ってきた子育てが失われている,と警鐘を鳴らし,「立派な親を育てなければなりません」(高橋史朗監修・親学会編『続・親学のすすめ』モラロジー研究所,2006年)と主張する。この「親学」に賛同する安倍晋三氏を会長に2012年「親学推進議員連盟」が発足し,「支援法」の立法化が目指されるようになった。

 一方,文科省も,児童生徒の「学習意欲,体力の低下は社会の根幹を揺るがす喫緊の課題」との認識のもと,2006年から,規則正しい生活習慣をつけさせるためにPTA,子ども会などとともに各地域で地域の人材を集めて,家庭教育支援チームの設置や,「早寝早起き朝ごはん国民運動」 を推進してきた。ここには,生活困難―学習意欲低下―貧困の連鎖に何とか対応しようとする姿勢がみてとれる。




4. 法案の問題点

 「支援法案」の問題点に関して,以下4点から見てみよう。


(1) 前提となる認識の危うさ―「伝統的家族」とは?

 「支援法案」は,家庭教育支援を必要とする理由として,条文第1条では「家族の構成員の減少と家族が共に過ごす時間が少なくなった」ことを挙げている。まるで核家族化と女性が家にいる時間が少なくなったことが,「家庭教育の低下」を招いたかのような認識である。

 しかし,「男は仕事/女は家庭」というジェンダー体制(「家族の55年体制」)のもと,専業主婦が専ら家庭内のケア労働をになった高度経済成長の時代は,日本の歴史の中でもイレギュラーな時代であった。それ以前の第一次産業中心の社会では,男女ともに外で働き,授乳以外は母親に抱かれることも少なかった。江戸時代の下級武士層の子育ては父親の役目であったが(図1参照),近代社会の成立による職住分離と性別役割分担によって,育児から男性が遠ざかっていくこととなった。


▲図1「桑名日記」(上)と「柏崎日記」(下)  天保期,桑名藩の下級武士渡部平太夫(祖父)と,柏崎へ赴任した勝之助(父)が孫や子の成長を報告し合う交換日記。祖父や父による「育児日記」とも称されるほど,詳細な子育ての様子が記されている。桑名市博物館蔵

 「支援法案」に批判的な教育史家の広田照幸氏は著書『日本人のしつけは衰退したか』で,日本の庶民の子育ての歴史は「放任」であったが,子どもたちが「ゆがんだ」性格になったわけではないと指摘している。また,「家族の絆」は現在の方が強くなっており,強すぎて新たな問題も生じていると警鐘を鳴らしている

 先に紹介した自民党家庭教育支援法案プロジェクトチームの上野通子氏の「かつては大家族で,躾がしっかりしていた」という前提自体,実態とは異なっている。第1回国政選挙(1920年)を分析した戸田貞三によると,大正時代でも三世代以上同居家族は31%で,核家族(54%)より低いのである(『家族構成』1937年,新版2001年,新泉社)。また,警察庁のデータによると,殺人の認知件数のピークは1950年代で,その後一貫して減少している(図2参照)。1950年代は国民学校で「修身」や「教育勅語」を教え込まれた世代が16歳以上になる時期に当たり,戦前の徳目教育が凶悪犯罪の抑止にはつながらないことを示唆している。戦後の日本の殺人発生件数(人口10万人当たり)の少なさは,殺人数の多い諸外国からも注目されている


▲図2 殺人の認知件数と検挙率の推移(法務省『平成28 年度版犯罪白書』ほか参考)

 政府は2015年3月閣議決定した「少子化社会対策大綱」に,「世代間の助け合い」を目的とした「三世代同居・近居の促進」を盛り込んだ。子育てに祖父母の役割を期待する「支援法案」とのつながりも感じられ,ケア労働(家事・育児・介護)にかかる社会保障を,「家族の絆」という美名のもとで,各家庭に担ってもらおうとする意向も透けて見える。民主党政権下で打ち出された「子育ては社会全体で」という「公助」から,各家庭でという「自助」への転換がはかられていると言えよう。


(2)憲法第24条の「個人の尊厳」に抵触するのでは?

 この「家族の助け合い」という姿勢は,自民党の改憲草案にも表れている。自民党2012年案では,家庭内における「個人の尊重」と「両性の本質的平等」をうたった憲法第24条の冒頭に,「家族は,互いに助け合わなければならない」という条文を加えている。この条文は,戦前の日本を形作っていた「家族国家」観,つまり家庭を国家の基礎とし,「おや」である天皇の下に国民を家族単位で統合したものを彷彿とさせる。この「家族国家」は,家父長を中心に,男女の役割分担が明確に分けられ,男性は労働者・納税者・徴兵に応じる国民兵として,女性は家父長を支え,家庭内のケア労働(家事・育児・介護)をするというジェンダー秩序に基づくものであった。アジア・太平洋戦争中,このジェンダーシステムは最大限に効力を発揮し,男たちは兵隊に根こそぎ動員され,女性たちは国防婦人会,女子勤労挺身隊などに組織され,兵士の見送り,傷痍軍人の世話,留守家庭の支援,軍需産業への勤労に動員されたのであった。だからこそ,憲法第24条は,参政権もなく,家父長的家族制度下で無権利状態におかれてきた戦前の女性を重いくびきから解くとともに,個人の尊厳を明確に位置付けたのである。それゆえ,第24条は戦前家族を理想とする保守勢力によって1950年代から改憲のターゲットの1つにされ,「戦後,個人主義の行き過ぎで,女性が利己的になった」との言説に晒されてきた。長年,家族と女性の問題に取り組んできた樋口恵子氏は,「支援法案」への危惧を次のように語っている。


 「家族を大切に」という主張の背景には,家族に社会保障の肩代わりをさせる意図がある。だが人生100年時代は,ケアをする個人を社会が支えなければ,今ある家族の崩壊を招き,国家社会の衰退につながりかねない。子どもや嫁が仕事を辞めて親を介護するのではなく,仕事を辞めずに介護できるよう,社会の制度を設計する。現代の「家族を大切にする」とはそういうことだ(「論点:シリーズ憲法70年 家族と国を考える」『毎日新聞』2017年5月5日)。


(3)多様な家族を排除するのでは?

 また,この「支援法案」は,重大な問題を持っている。それは,子を教育する者を「父母その他の保護者」として,異性愛夫婦と祖父母を想定しており,両親に愛されて育つことの重要性を強調していることだ。それが強調されればされるほど,「標準家庭」から外れた同性パートナーやシングルといった親や子,施設で育つ子を追い詰める危険性がある。

 ほかにも,「親学」推進派の国会議員山谷えり子氏は,2007年の教育再生会議の取りまとめに,「母乳で育児をし,子守唄を聞かせる」,「授乳中にはテレビをつけない」(教育再生会議「『親学』に関する緊急提言」2007年4月25日)など,母乳の出ない母親も含めて,多様な個人の生活スタイルにまで関与する姿勢を打ち出している。また,文科省も,家庭教育のための環境として「家族の愛情と信頼に基づく,安らぎのある楽しい家庭をつくること」とし,「家族間のコミュニケーションや家事についての協力・工夫など,家庭生活の営みについての学びの応援も家庭教育の支援の一環」(前掲「家庭教育支援の推進に関する検討委員会」報告書 p.13)などとする。これは一見,あたり前のことのように思えるが,「楽しい家庭」,「コミュニケーションが取れた家族」という「あるべき家庭像」,「あるべき親子像」を国民に押し付けかねないデリケートな問題も持っている。そのような家庭から外れた人々にプレッシャーや自責の念を与え,家族の多様性を排除することにつながらないだろうか。


(4)国家による家庭への介入の歴史

 国家が「あるべき家庭像」を示して国民に働きかけた歴史をすでにわたしたちは体験済みである。

 それは,戦争と密着している。戦争へと傾斜しつつあった1930年12月23日,文部省は「家庭教育振興ニ関スル件」という訓令を出し,国家が求める家庭教育の指針を次のように打ち出した。

 「国運ノ隆替」の振否は学校教育と社会教育にあるが,根帯をなすものは家庭教育にありとし,「今日動モスレハ放縦ニ流レ詭激ニ傾」くが,「往時我ガ国民ハ概ネ家風ノ顕揚ヲ旨トシテ家訓ヲ敷キ家庭ハ実ニ修養ノ道場」であった。「我ガ邦固有ノ美風ヲ振起シテ家庭教育ノ本義ヲ発揚」することが,「国運ヲ伸長スルノ要訣」であるとし,「特ニ婦人ノ責任重且大ナル」ので,「婦人団体ノ奮励ヲ促シ」,「一般婦人ノ自覚ヲ喚起スル」と述べている。

 この訓令を契機として,文部省開催の「母の講座」,小学校ごとの「母の会」設置などが進む。

 日中戦争開始直後の1937年8月,近衛内閣は「国民精神総動員実施要綱」を閣議決定し,国民へ向けて戦争協力思想化運動を展開した。内務省と文部省が中心となり,国民精神総動員中央連盟が結成され,全国の在郷軍人会や婦人会,青年団などが参加した。抽象的な徳目を列挙して物資や労力を提供させたこの運動は,国民の日常生活に入り込んだ戦争への動員であった。「精動」中央連盟は,1940年10月,首相を会長とする大政翼賛会に吸収される。

 アジア・太平洋戦争突入の年,1941年には教育審議会答申「社会教育ニ関スル件」に,「家庭教育ニ関スル要綱」が盛り込まれ,「皇国ノ道ニ則リ我ガ国家族制度ノ美風ヲ振起」,「家ニ対スル我ガ国固有ノ観念ヲ把握セシメ家族制度ノ真精神ニ徹セシムルコト」,「健全ナル家風ノ樹立ニ力ムルト共ニ家生活ノ刷新改善ヲ図ルコト」などの,文言が並べられている。共に,銃後を守るべきとされた女性たち,「家族国家」を維持するため「健全有為ナル子女」がその対象とされた。1942年には文部省から「戦時家庭教育指導要綱」が公表され,社会教育協会がそれを本として出版した。このように,総力戦を支えるための「あるべき家族像」が,家庭教育の名によって国民に押しつけられたのである。




5. おわりに

 文科省が家庭教育支援の推進の一環として2006年から行っている「子どもの生活リズム向上プロジェクト」による「早寝早起き朝ごはん国民運動」も,それ自体,生活リズムを体得し健康な身体を創出するのに有効であることに異論はないが,一方で,戦争中厚生省が「人口=国力」として,国民の体力向上を目指して展開した政策と二重写しにならないだろうか。早寝,早起きができないような勤務形態の親のもとで育つ子どももある。そもそも,現在の子どもをめぐる問題は,「家庭教育の低下」によるものではなく,1980年代から進められてきた労働の規制緩和による長時間労働や,それが男性労働者のワークライフバランスを阻害していること,若者の非正規化,社会構造の変化によって共働き世帯が増加する中で,子育て支援制度の不備が引き起こす,むしろ制度の側の問題であろう。制度が整わないまま「あるべき家庭像」を法で打ち出せば,現在でも全力で頑張っている親,とりわけ母親を追い詰めることになりかねない。また,働く母親やシングルマザーに自責の念を抱かせ,孤独な子育てをしている専業主婦を完璧な母親にならなければという精神状態へと追い込む恐れもある。多様な個の結びつきによる家庭をつくっている人々をも排除し かねない。

 まずは,男女の労働環境の整備や公的育児施設の充実,そこで働く保育士や教員の待遇改善など,制度を整えることが国の役割であろう。それを怠ったまま,子どもをめぐる問題を,「家庭の責任」に帰し,「親はもっとがんばれ」という道徳的メッセージで乗り越えようとするのは現実的ではない。本当の家庭教育「支援」の道は,多様な人々の結びつきを前提に,個人の尊厳を認める憲法第24条をベースにしたものでなくてはならない。




1 http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/katei/1306958.htm
2 熊本県2012年12月,鹿児島県2013年10月,静岡県2014年10月,岐阜県2014年12月,徳島県2016年3月,宮崎県2016年3月,群馬県2016年3月,茨城県2016年12月/石川県加賀市2015年6月,長野県千曲市2015年12月,和歌山市2016年12月,愛知県豊橋市2017年3月,鹿児島県南九州市2017年4月(2017年8月現在)
3 近年の子どもをめぐる問題の原因を,「家族の絆」の弱体化や親の自覚の無さに求め,「伝統的子育てをとりもどす」と主張する高橋史朗氏(明星大学・教育学)の提唱によって,親学会(2010年NPO法人化),親学推進協会(2009年一般財団法人化)が設立された。高橋氏の,伝統的な子育てが発達障害を予防できるなどの主張は日本自閉症学会や専門家から厳しい批判が寄せられている。
4 http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/asagohan/
5 『毎日新聞』東京・夕刊2017年3月1日
6 「世界の殺人発生率 国別ランキング」(2015年度)によると,日本は201カ国中197位,発生率(人口10万人当たりの殺人発生件数)0.31と最も殺人発生が少ない国の1つである(http://www.globalnote.jp/post-1697.html)。なお,戦後日本の青年による殺人発生率の低下に注目した新聞の特集に,「日本の若者は殺さない(上下)」(『朝日新聞』2003年4月4,5日) がある。同特集では,殺人発生率低下の背景として,「暴力合法化モデル=戦争」とし,戦後60年間戦争をして来なかった日本の平和主義が「兵隊さんモデル」から遠い若者をつくり出し,これは「戦後日本の成功」の一つだと示唆に富む分析がされている。
7 例えば,「人的資源」という位置づけで1940年に「国民体力法」が成立し,体力検査を実施し,その結果が「国民手帳」に記録された。



参考文献
・奥村典子『動員される母親たち―戦時下における家庭教育振興政策』六花社,2014年
・木村涼子『家庭教育は誰のもの?―家庭教育支援法はなぜ問題か』(岩波ブックレットNo.965)岩波書店,2017年
・服藤早苗監修『歴史のなかの家族と結婚』森話社,2011年・広田照幸『日本人のしつけは衰退したか―「教育する家族」のゆくえ』講談社,1999年
・牟田和恵『戦略としての家族―近代日本の国民国家形成と女性』新曜社,1996年