TOP
特集A 高等学校公民科新科目「公共」に対する期待と課題
鳴門教育大学副学長・大学院教授 西村 公孝
はじめに     おわりに 参考文献
はじめに

 昭和53(1978)年の改訂によって,高等学校社会科に新科目「現代社会」(必修4単位)が創設された。それ以来の新科目として「公共」が新設される。この間に,周知のように高等学校社会科は,「地理歴史科」と「公民科」に再編成(平成元(1989)年改訂)された。今回の改訂で「現代社会」に代えて創設される新科目「公共」では,国家・社会の形成者の育成を目的としている。本稿では,18 歳選挙権時代の主権者教育の視点から新科目「公共」の意義と性格を確認しつつ,平成34(2022)年度からの実践を展望し,その期待と課題を提示する。

 なお,本稿では中央教育審議会「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」(平成28 年12 月21 日)を基礎資料として活用する(以下,本文では「答申」と記載)。


T.公民科科目「現代社会」の学びの継承課題

 筆者は,平成27 〜 28 年度に日本公民教育学会の会長を務めていたこともあり,中央教育審議会教育課程部会,社会科・地理歴史科・公民科ワーキンググループの委員に選出され,新科目「公共」に関する会議に参加する機会を得た。その責務からも課題を整理し,期待を述べることにする。

 冒頭で触れたように,現行の公民科「現代社会」に代えて新科目「公共」を設置することになった。残念ながら,筆者の参加したワーキンググループの議論では,なぜ「現代社会」に代えて「公共」なのか,の議論はほとんどなかった。「公共」創設が既定路線であり,粛々と内容構成と指導方法が議論された。筆者が勤務した前任校(愛知教育大学附属高等学校)は,「現代社会」創設の際に指定研究を受けた経緯もあり,まずは消え去る運命にある「現代社会」の総括を試みておきたい。

 高等学校社会科「現代社会」は,低学年共通必修科目として,また広領域の総合科目として創設(1978 年)された。社会と人間に関する基本的な内容構成を柱(倫理的な内容,政治や経済に関する内容が中心)とした科目であった。そして,内容科目としてだけでなく地理的な視点,歴史的な視点を加味して,総合的に課題を探究する学際的な学びの性格を持った方法科目として船出した。しかしながら,センター試験に採用されたことや,旧来の高等学校社会科教師の社会認識形成重視の授業展開により,創設の理念であった方法科目としての性格は十分に実践化されなかった。そのために,やがて約10 年毎の改訂の度に共通必修から選択必履修へ,4単位から2単位へとなり,公民科科目から退場する運命になってしまったのである。約40 年前の「現代社会」創設時に,学習指導上,特に考慮するように指摘された下記の2点は,「現代社会」創設の理念を引き継ぐためにも,再度,確認することにより新科目「公共」において実践化されていくことを期待したい。

・知識中心の学習から思考力重視の学習へ

・生徒の発達段階や興味,関心に基づく学習へ


U.新科目「公共」の概要

1.新学習指導要領での位置づけと基本的な性格

 平成29(2017)年度中に告示が予定されている高等学校公民科の新学習指導要領では,必履修科目として,学年指定のない新科目「公共」が新設される。そして,選択科目として従来の「倫理」「政治・経済」が置かれることになる。「公共」は2単位であり,小中学校の学びを基礎に公民科の中核であるとともに,地理歴史科の基礎科目とも連携を図る必要のある科目として創設される。

 基本的な科目の性格は,目標,内容,方法を統合的に実践することにより社会の有為な形成者を育成することであり,戦後の社会科成立期に目指された知識・能力・態度を一体的に育成する人間形成教科としての社会科の基本的性格に類似するものである。すなわち,公民形成学を希求する新科目としての基本的性格を付与されていると考えたい。

2.新科目「公共」の内容構成

 「公共」のねらいは「『グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の有為な形成者』を育成」することである。

 内容構成は,3つの大項目から構成される。

(1)「公共」の扉

 ア 公共的な空間を作る私たち

 イ 公共的な空間における人間としての在り方生き方

 ウ 公共的な空間における基本的原理

(2)自立した主体として国家・社会の形成に参画し,他者と協働するために

 ア 政治的主体となる私たち

 イ 経済的主体となる私たち

 ウ 法的主体となる私たち

 エ 様々な情報の発信・受信主体となる私たち

(3)持続可能な社会づくりの主体となるために

 ア 地域の創造への主体的参画

 イ よりよい国家・社会の構築への主体的参画

 ウ 国際社会への主体的参画

 以上の内容構成を年間70 時間弱で展開することになる。大項目(1)の「『公共』の扉」では,公共的な空間を作るのは自分たちであること,現行の「現代社会」で探究されてきた「人間としての在り方生き方」,そして公共的な空間の基本原理を学ぶように構成されている。生徒が「公共」に関心を持ち,その扉を拓く倫理的主体となる自覚を持たせられるような学習が期待される。

 大項目(2)の自立した主体の学習では,国家・社会の形成に参画し,他者と協働するために,4つの主体(政治的,経済的,法的,情報の発信・受信)のまとまりが重要となる。また,審議会において当初の原案では「主体となること」(ア〜エ)という表記であった。「公共」は,生徒が教えられる内容として学ぶのではなく,自分たちが主体的に作り出す公共として学ばなければならない。すでに中学校でも使用されていたが,他人事の「こと」ではなく「主体となる私たち」を審議会で提案し,「答申」のような表現として改善された。

 筆者の危惧は,アからエの構成順序である。生徒にとって身近な主体は,情報発信・受信の自己と社会との関わりであり,社会的生活者としての法的関わりである。その次に政治や経済での主体としての形成者や,協働を学ぶことが重要と考え,改善の構成案を提案したが,アからエの構成は変更されなかった。この問題は,学習指導要領告示後の各社の教科書編集に対応を委ねたい。なお,筆者は1980 年代から児童・生徒の発信能力の育成を提案してきた。参考文献で紹介した拙著を参照していただければ幸いである。

 大項目(3)の「持続可能な社会づくりの主体となるために」では,少子高齢社会の地方創生,国家及び社会の深刻な財政問題,国際社会における多文化共生の課題などから,新科目「公共」の創設の意義が明確になるような,主体的参加力を育てる課題探究の展開が期待される。

3.「公共」が目指す資質・能力と学び方

 内容構成としての大項目(1)〜(3)を学ぶことにより,どのような資質・能力を育もうとしているか。要点をまとめると,「答申」では次のような能力育成が明記されている。

  • ・概念や理論の理解及び諸資料から,様々な主体等として必要な情報を効果的に収集する・読み取る・まとめる技能。
  • ・事実を基に協働的に考察し,合意形成や社会参画を視野に入れながら構想したことを,妥当性や効果,実現可能性などを指標にして論拠を基に議論する力。
  • ・国家及び社会の形成に積極的な役割を果たそうとする自覚など。

 このように概念や理論の理解を基礎に情報処理に関する技能,論拠を基にした議論する力,社会の有為な形成者としての自覚を重視していることが分かる。では,資質・能力を育成するために,どのような学習活動が想定されているのか。また,どのような関係する専門家・機関と連携しようとしているのか,事例を参考として見ておきたい。

《学習活動の例》

・討論,ディベート,模擬選挙,模擬投票,模擬裁判,インターンシップの事前・事後の学習 など

《関係する専門家・機関》

・選挙管理委員会,消費者センター,弁護士,NPO など

 以上のような学習活動の事例や専門家・機関との連携は,すでに現行の学習指導要領においても生徒の主体的な学びを成立させるために一部の学校で実践されてきている。特に,裁判員制度の導入による法教育の重要性が,公民教育において強調されるようになってからは,効果的に活用や連携が行われている。「公共」においても参考となる。


V.主権者としての社会形成力を育てる授業

 「答申」では,育成を目指す資質・能力についての基本的な考え方として,3つの柱を示している。

@何を理解しているか,何ができるか(生きて働く「知識・技能」の習得)。

A理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成)。

Bどのように社会・世界と関わり,よりよい人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」の涵養)。

 「公共」では,@とAを基礎に社会や世界と関わり,よりよい国家及び社会を形成する主体として,公民的資質(市民的資質)を育てることになる。

 そこで,グローバル化する変化の中に生きる社会的存在として,情報活用能力や社会的事象の見方・考え方を身に付け,社会的論争問題に向きあい,協同的な課題解決により,社会形成力を身に付けていくことが期待されている。国家及び社会の形成者は,政策批判をするだけの社会参加に留まることなく,政策立案の当事者の役割を体験することを含め「社会参画力」を身に付けることが求められている。

 「答申」の基礎資料では,平成17(2005)年度教育課程実施状況調査(倫理,政治・経済)教員質問紙から「課題解決的な学習を取り入れた授業を行っている」「調べたことを発表させる活動を取り入れた授業を行っている」と考えている教員が少ないと指摘している。現在において,「答申」の指摘を真摯に受け止め,5年後の実践までの期間を授業改善のための準備にあてたい。

 今回の改訂では,当初,アクティブ・ラーニングを前面に出し,学び方を重視する授業改善を迫るメッセージが込められた。最終的には「主体的・対話的で深い学び」が提示された。そこでどのように主権者としての社会形成力を育てる授業実践を展開するか,「公共」の課題としたい。

 特に,「公共」では,公共空間に関する社会的論争問題から課題を発見し,追究・解決する学習過程の中で社会的な見方・考え方を育成する「主体的・対話的で深い学び」が期待されている。思考力・判断力・表現力等では,小中,中高で発達段階に応じた重なりを重視しながら,社会的な見方・考え方を用いて@社会的事象の意味や意義,特色や相互の関連を考察する力,A社会に見られる課題を把握し,その解決に向けて構想する力を重視している。また,「公共」を学ぶ技能として考察したこと,構想したことを@説明する力,A議論する力を汎用的に養おうとしている。事実を客観的に捉え公正に判断するための議論をする力は,主権者教育が目指す能力でもある。


W.18 歳選挙権時代における主権者教育

 もともと,新科目「公共」は教育現場からの要望というよりも,国の内外を取り巻く政治・経済状況等を受けて創設されたものである。自民党文部科学部会のプロジェクトチーム(座長・松野博一衆院議員)が,平成25(2013)年6月にキャリア教育の充実の観点を加味して,職業選択や結婚・離婚,年金・医療保険,政治参加など社会生活の幅広いテーマを学習する新科目「公共」を提案したことがはじまりである。特に,若者の実態を踏まえたキャリア教育的な要素が加味されていることに着目したい。

 世界の国と地域の約90%が実施している「18 歳選挙権」が日本でも法制化(公職選挙法の改正)され,新たに18 歳と19 歳の約240 万人が有権者の仲間入りをした。平成28(2016)年7月の第24 回参議院議員通常選挙で,国政選挙では初めて政治参加を果たしている。近年の国政選挙における20 代の投票率が35%前後で推移していたことから見れば,18 歳の投票率が51.28%(全体投票率54.70%)であったことは評価されるであろう。また,平成18(2006)年に教育基本法が改正され,「公共の精神に基づき,主体的に社会の形成に参画し,その発展に寄与する態度を養う」ことが教育の目標とされ,同法第14 条で「政治的教養の尊重」が再確認されたことも大きい。

 しかしながら,このような法整備の意義以上に18 歳選挙権の実現は,社会系教科カリキュラムについて18 歳をゴールとして小中高一貫でどのように主権者教育を実践していくか,カリキュラムマネジメントの意義から「公共」の新設を捉え直す必要があろう。また,日本を取り巻くグローバル化に伴う国際社会の政治・経済・社会的環境の激変や日本社会の中での超少子高齢社会の進行と高齢社会を支える財政的危機(社会保障費の拡大)からの意義もある。近未来の国家及び社会の形成者となる主権者を育成する僅々の課題として,若者の「公共空間」に関する公共意識の醸成があげられることからも新設の意義を確認したい。なお公民教育に関する高校生や若者の意識や実態について,「答申」の基礎資料では次の3点を指摘している。

@積極的に社会参加する意欲が国際的に見て低い。

A理論や概念の理解,情報活用能力が十分に身についていない。

B政治や経済の仕組み,働く意義等を学ぶことへの関心は高い。


おわりに

 鈴木賢志氏(明治大学教授)は,日本とスウェーデンの若者の「自国の将来の展望と政治への関心の強さとの関係」を分析し,次のように指摘している。自国の将来に希望が持てないときに,日本の若者は「それでは自分が政治に参加しても仕方がない」と考えるのに対して,スウェーデンの若者は「それなら自分が参加して政治を良くしなければならない」と考える傾向にあるという(『Voters』No.34,公益財団法人明るい選挙推進協会参照)。

 18 歳選挙権時代を迎え,小中社会科学習を基礎として,高校新科目「公共」を核に小中高一貫の主権者教育カリキュラムの開発と発信型への授業改善が緊要の課題となっている。国家及び社会の有為な形成者を育てるために,グローバル化する国際社会を意識し,児童・生徒の社会形成力育成授業を創造することが,社会系教科を担当する教師の責務である。鈴木氏が指摘した日本の若者の姿は,見守る主権者を育成してきたこれまでの社会系教科実践の帰結である。若者は,自ら主体となって政治を動かす主権者として,社会に参画する力を身に付けなければならない。

 未来を創造するのは,現在の高校生である。公共的な問題を他人事としてお任せするのではなく,自分事として関わり,未来創造に責任を持つ自立した主権者を育てたい。その実践的役割を新科目の「公共」に期待している。


参考文献
●中央教育審議会「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」(平成28年12月21日)
●斎藤弘『公民教育への歩みと課題−人間としての在り方生き方』富士教育出版,平成3(1991)年。
●西村公孝『地球社会時代に生きる力を育てる』黎明書房,平成5(1993)年。
●日本経済新聞,平成29年2月27日。


出典:2015年8月 中央教育審議会(第100回) 配付資料5-4.「高等学校等における教科・科目の現状・課題と今後の在り方について(検討素案)」(文部科学省ホームページ http://www.mext.go.jp/

※上の画像をクリックすると拡大画像を表示します。