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特集A 授業実践例
  「アンパンマン」から哲学カフェへ
  〜公民科「倫理」で思索を深めるアクティブラーニング型授業〜
千葉県立長生高等学校 片岡 勝規
      参考文献
1.はじめに―公民科「倫理」授業の現状と課題―

 2009年3月に改訂され,2013年度の入学生から実施されてきた現行の高等学校学習指導要領の,公民科倫理における改訂の要点の中心部分は以下のとおりだった。

 課題を探究する学習を一層重視し,論述や討論などの言語活動を充実させ,社会の一員としての自己の生き方を探求できるようにした。

 『高等学校学習指導要領解説 公民編』

 この改訂に先立って,2003年に行われた高等学校教育課程実施状況調査では,「課題解決的な学習を取り入れていた授業を行っていますか」という教師への質問に対して,「行っている方だ」と「どちらかといえば行っている方だ」を合わせても28.3%という低い状況だった。

 私はというと,2005年から2006年にかけて,国立教育政策研究所教育課程研究センター基礎研究部が中心となって行われた公民教育カリキュラム改善研究会に参加させていただき,当時の現状を踏まえて「『倫理』課題追究学習の問題点」というレポートを提出していた。大変申し訳ないことなのだが,それにもかかわらず実際には,課外補習等で行う小論文指導を除けば,大学入試センター試験を見すえた知識と理解を中心とした授業を続けていたのである。おそらく,大学受験を意識せざるをえない高校の授業は同様の状況なのではあるまいか。

 しかし,時代は大きく変わりつつある。2020年の大学入試改革をも視野に入れながら,知識と理解をもとにして思索を深める倫理の授業実践の必要性はさらに高まっている。そこで,2015年度は合計5回のアクティブラーニング(AL)型授業を計画し実施した。以下,その概要を報告する。


2.AL型授業の構成―洞窟の哲学と広場の哲学―

 本校では,45分の7時間授業を行っている。そのため,45分間で完結する授業の構成が必要になる。そこで,基本的な時間配分を以下のとおりに考えた。

1.テーマ(問い)についての説明5分
2.テーマについて考え,書く時間 10分
3.グループで考えを話し合う時間 20分
4.グループの話し合いを発表する時間 5分
5.振り返りの時間 5分

 1.テーマ(問い)についての説明 具体的には後述するが,テーマに関連した音楽を流し,その歌詞と先哲の思想を併記したワークシートを見ながら簡単にテーマについて説明をする。

 2.テーマについて考え,書く時間 生徒には「洞窟の哲学」の時間と説明した。イメージとしては哲学者や宗教家がただ一人,洞窟にこもって自己のみと対話しながら思索を深めること。哲学の一つの側面としての,自己の思索の深化を10 分間で体験しつつ,その内容をワークシートに記録する。孤独な思索と説明しながらも,実際には机間巡視しながら,考えを深めるためのさまざまなヒントを,ペンが進まない生徒やクラス全体に語りかけることで思索とその記述をうながした。

 3.グループで考えを話し合う時間 生徒に対して「広場の哲学」の時間と説明した。イメージとしては古代ギリシアのアゴラで市民たちが議論しながら,お互いの思索を深めていくものである。約40人のクラスを6つのグループに分けて,6〜7人で意見交換を行う。クラスメイトの考えたことと自分の考えたことの差異の中に,さらなる思索の種が含まれている。議論や意見交換の結果をあらかじめ決めておいた代表者がまとめておく。

 4.グループの話し合いを発表する時間 6つのグループの話し合った内容のまとめを代表者が発表する。教師はそれぞれの発表ごとに内容を要約したり,先哲の思想と関連づけたりするなどコメントする。さらにさまざまなクラスメイトたちの思考が紹介される場面である。

 5.振り返りの時間 小林昭文氏の著作『アクティブラーニング入門』の中にも示されているとおり,AL型授業では,振り返りによる気づきが次の学びの原動力となる。学びの成長のために不可欠の時間である。私の実践の中では,授業の前と後でどのような考え方や理解の変化があったか,その他学んだことや気づいたことを振り返ってワークシートに記入させるようにした。


3.AL型授業の学習計画―哲学カフェへの道のり―

 2015年度は倫理の時間に5回のAL型授業を行うこととし,前項で述べたような構成の授業を3 回実施することによって,哲学的なテーマについて考えることと,話し合うことに慣れ,最終的には哲学カフェスタイルの授業で積極的な発言ができるようになることを目指した。哲学カフェとは,マルク・ソーテ氏が1990 年代のパリ,バスティーユ広場のカフェで始めた哲学的対話のことである。特定の哲学的なテーマについて,不特定多数の人々が意見を交わし合う。日本にも『ソクラテスのカフェ』のタイトルで1990年代に紹介され,現在では全国的に哲学カフェが普及しつつある。すでに,高等学校公民科倫理の中でも哲学カフェスタイルの授業実践を行っている先生方もいる。

 前半3 回の授業の中で哲学的な思索を深める力と,哲学的な対話ができる力を養った上で,後半2 回の哲学カフェスタイルの授業を行うことを計画した。

 AL型授業学習計画

 1.アリストテレスの倫理学―人間の生きる目的と幸福について

 アリストテレスの倫理学についての簡単な説明を受けて「アンパンマンのマーチ」を聴き,「しあわせ」について思索する。

 2.仏教の思想―人間の不幸と苦しみについて

 さだまさしの「防人の詩」を聴き,仏教思想に見られる苦についての簡単な説明を受けて,「苦しみ」について思索する。

 3.中国思想の人性論―人間の本性とはどのようなものか

 吉田拓郎の「人間なんて」を聴き,中国思想に見られる性善説や性悪説などの人性論についての簡単な説明を受けて,人間の本性について思索する。

 4.哲学カフェ@ 人間にとって知とは何か

 ギリシア哲学,フランシス・ベーコン,ルソーなどの「知」についての思想の簡単な説明を受け,人間にとって知とは何かについて思索する。

 5.哲学カフェA 人間にとって美とは何か

 ギリシア哲学,プラトン,カントなどの「美」についての思想の簡単な説明を受け,人間にとって美とは何かについて思索する。


4.指導事例@―アンパンマンから考える「しあわせ」―

【授業の目的】

 哲学的思索と小グループでの対話の経験を積むことによって,後日行う哲学カフェ型授業の中で自ら発言し,対話を行う方法を学ぶこと。

【授業の目標】

1.テーマについて思索することによって,自分の考えを深めること。

2.自分の考えを書いてまとめること。

3.自分の考えを小グループ内で発表すること。

4.他の生徒の考えを聞いてさらに自分の考えを深めること。

【授業の対象】

 第3学年必修倫理の中で全生徒を対象に,アリストテレスの倫理思想に入る前の導入の授業として行った。

【必要な機材】

 スマートフォン(音楽再生用),スマートフォン用スピーカー,タイマー(スマートフォンのタイマー機能でも可)

【授業の流れ】

 本時のテーマ,「しあわせ」についてアリストテレスの倫理学の一部を簡単に紹介する。

  • ・アリストテレスはすべての存在の運動に目的があると考えたこと。
  • ・人間にも生きる目的があると考えたこと。
  • ・人間の生きる目的は善であること。
  • ・さまざまな善の中でも最高の善がエウダイモニア(幸福)であり,アリストテレスは幸福が人間の生の目的であると考えたこと。

 以上の論点を踏まえた上で,下のプリントの歌詞を見ながら,「アンパンマンのマーチ」を聴く。

※図をクリックすると拡大した図が表示されます。

 子どもの頃に聴いた覚えのある「アンパンマンのマーチ」の歌詞の中に,人間の生きる目的が何かというテーマや,何が自分のしあわせなのかというテーマが含まれていることを確認し,この曲を聴いての簡単な感想をワークシートに書き入れる。

 その後,10分間時間をとって,「人間にとって『しあわせ』とは何か」というテーマで思索を深め,以下に掲載したワークシートに,自分なりの答えをまとめる。

 タイマーで10分経過が示されたところで6〜7 人の小グループを作り,あらかじめ発表者を決める。そのあと20分間でそれぞれのメンバーが自分の考えを順番に発表し,グループ内でさらに質問や意見交換をして,それを発表者はまとめる。

 20分経過後に各グループの発表者がそれぞれのグループで話し合った内容を全体に発表し,授業者は簡単にコメントを加える。

 一通りの発表が終わった後で,「しあわせ」についての理解が授業の前と後でどのように変化したかなどを振り返り,ワークシートに記入する。

※図をクリックすると拡大した図が表示されます。

 なお,提出されたワークシートは,意見のユニークな部分に赤線を引き,簡単なコメントを加えた上でS,A,B,C,Dの5段階で評価し,次のAL型授業の際に返却する。

【生徒の様子・反応】

 以下,実際に授業を行って観察することができた,生徒の様子や反応を列挙する。

  • ・「アンパンマンのマーチ」の歌詞をあらためて読んだ生徒たちの中には,子ども向けの歌であるにもかかわらず,意外に深い歌詞の内容に驚く者もいた。
  • ・「しあわせ」とは何かを考える際に,考えるヒントとして,具体的なしあわせの例を列挙してみてからそれらを抽象的に考えてみることを勧めた。その結果,自分にとってのしあわせについて考えた生徒が多かった。
  • ・グループ内での発表はほとんど抵抗がなく行われていた。これは,本校では1学年のうちから英語の授業などを通してグループワークが日常的に行われていることが原因として考えられる。
  • ・グループ討論のヒントとして,メンバーのさまざまな意見をどのように分類できるかを考えるようにアドバイスを行った。
  • ・グループ代表の発表の中で,いくつかのグループでは,物質的なしあわせと精神的なしあわせの違いについて述べていた。
  • ・また,自分一人にとってのしあわせと他者のしあわせ,みんなのしあわせについて考察したグループもいくつかあった。しあわせという感覚が,単に個人的なものなのではなく,それを他者と分かち合うことによって幸福感が増すという発表を行ったグループもあった。
  • ・また,苦しみとの対比でしあわせについて考察するグループもあった。
  • ・授業の振り返りでは,多くの生徒が他の生徒の意見を聞いて,しあわせについての考察や理解が広がったと書いていた。また,この授業の体験が楽しかったと書いた生徒も多かった。

 この実践によって,自分の考えをまとめる洞窟の哲学の時間には,思索を通して生徒自身の思考を深める効果があること。また,グループで考えを話し合い,話し合いの結果を聴く広場の哲学の時間には,対話を通して自身の思考の視野を広げる効果があることが分かった。


5.指導事例A―哲学カフェ 人間にとって知とは何か―

 3回のグループ学習で思索と対話の経験を積んだ後に,哲学カフェスタイルの授業を行った。カフェというくらいなので,授業中といえども飲み物とお菓子を準備して,飲食しながら,気楽に哲学的な対話に参加して欲しい旨の事前連絡をした。

【授業の目的】

 哲学的テーマについての思索を深め,他の生徒の考えを聞き,自分の考えを発表するとともに,哲学的対話を楽しむ意欲や態度を育てる。

【授業のルール】

・意見を述べたい人は挙手をしてください。

・意見を述べた人に対して質問をしたい時も挙手をしてください。

・複数の挙手があった場合は進行役が指名しますので,それから意見を述べてください。

・意見を述べている人の話が続いているうちは挙手をしないでください。

・意見を述べる前に近くの人と相談してもかまいません。

【授業の流れ】

 本時のテーマ,「知」について,下のプリントに沿って,これまでに学んだこと,フランシス・ベーコンの「知は力なり」,ルソーの見解を簡単に説明する。

※図をクリックすると拡大した図が表示されます。
  • ・10分間時間をとって,「人間にとって知とは何か」についての自分の考えをワークシートにまとめる。
  • ・机を6〜7人程度の人数のグループで向かい合わせにして,飲食しながらくつろいだ雰囲気の中,教師が進行役となり,テーマについての自由な対話を行う。
  • ・進行役は生徒の意見を下のように,黒板にまとめて対話の内容を分かりやすく示す。

  • ・進行役は結論を引き出すのではなく,意見を整理しながら,さらに深く思索することをうながすようにする。
  • ・進行役は授業の残り時間が約5分になった頃までに対話の全体を振り返るとともに,哲学カフェの振り返りをワークシートに書くようにうながす。
※図をクリックすると拡大した図が表示されます。

6.まとめ―哲学カフェスタイル授業の課題―

 2015年度の授業実践では,哲学カフェスタイルの授業が可能になるような生徒の技能向上を目的としてきた。そこまでに至る準備を十分に行ったこともあり,授業内容自体はおおむね成功したといえる結果となった。しかし,40人規模のクラスで25分程度の対話時間では,発言するのが一部の生徒に限られてしまい,多くの生徒は聴衆になってしまう傾向もあった。もちろん,話を聴くこと自体は悪いことではない。だが今後は,必ずしも哲学カフェスタイルを最終的な目的としてこだわるのではなく,より多くの生徒が主体的に発言できるように授業形態を工夫したいと考えている。


参考文献
●『平成15年度高等学校教育課程実施状況調査報告書 高等学校公民』(実教出版株式会社,2006)
●『公民教育のカリキュラム改善に関する研究』(国立教育政策研究所教育課程研究センター基礎研究部,2006)
●小林昭文『アクティブラーニング入門』(産業能率大学出版部,2015)
●小林昭文,鈴木達哉,鈴木映司『現場ですぐに使えるアクティブラーニング実践』(産業能率大学出版部,2015)
●マルク・ソーテ『ソクラテスのカフェ』(紀伊國屋書店,1996)